酒蔵萬流 > 未分類 > どぶろく文化を守りにごり酒の魅力を世界へ

よく溶けた醪を造り
メッシュで濾し、高温で殺菌

 三輪酒造の濁酒はほぼすべて四段仕込みで造られる。三段までは通常の清酒造りと変わらず、四段目で糖化した蒸米を加えて甘味をつける。醪日数はおよそ15日だ。

 日本酒度マイナス25度でありながら、その数値ほどの甘さを感じない理由について、三輪氏は「四段前の醪の味をしっかり造っているからです。もともとの酒の主張があるので、甘味を加えた時にバランスがとれて甘すぎないと感じるんです」と話す。この絶妙な醪管理を任されているのが、杜氏の杉原厚雄氏だ。「にごり酒だからこうしないといけない、ということはないですよ。醪管理は一般的な清酒と同じです」と言うが、9月〜翌6月という長い醸造期間で、気温や湿度が大きく変化する中、常に一定の味を造り続けるのは並大抵のことではない。

 また、にごり酒を造るうえで決定的に澄み酒と違うのが上槽の工程だ。同蔵では木枠に3㎜のメッシュの網を張った濾し器を使用している。その際、ゴムベラで醪を網にこすり、網目を通らなかった米粒は取り除いていく。きめ細やかな醪のため、濾す前にすり潰すような必要はない。

 さらに火入れも特徴的だ。方法は一般的な蛇管での熱殺菌だが、粒があるので完全に酵母菌を殺すために70℃以上に温度を上げる。これほど高温にしても味がマイナス方向に変質しないのは、酵素力価の高い麹で米をしっかり溶かしているからだ。上槽・火入れ後の醪は、瓶詰めまでの一定期間、タンクで貯蔵され、強靭な旨味を身に着ける。こうして一年中安定した味わいの酒を飲み手に提供しているのだ。

 そして、量は少なくても、澄み酒を造ることも決して止めない。「酒造技術の進歩は、やはり澄み酒における進歩なので、それを造っていないと我々も技術の進歩を知ることができません。だから、澄み酒も手放してはいけないと思っています」と三輪氏。

 いつしか出来上がってしまった「三輪酒造」=「白川郷」=「にごり酒」というブランドイメージ。今ではこれを超えることが難しいというが、無理に澄み酒を増やしてブランドイメージを変えようとも思っていない。なぜなら三輪氏は「にごり酒」の奥深さに気づき、今ではその魅力を世界へ発信していきたいと考えているからだ。

▲国税庁の検定用に使用している濾し器。上のゴムベラも使いながら醪を網に通していく。

▲貯蔵タンクは常温で管理。「ここ数年はありがたいことに出荷が順調で、貯蔵タンクはガラガラです。仕込みタンクは常にいっぱいですが」と杉原氏。

NIGORIで世界制覇
日本酒を日本人としての矜持に

 瓶詰めライン脇の一角では4〜5名の従業員が集まって黙々と作業をしていた。タンクから醪のような液体をカップですくっては、口の広い瓶に注ぎ込んでいく。

 「あれは『どぶろく仕込み』という商品を詰めているところです。濾していないので機械では詰められませんし、生なので発酵が進まないよう、大勢で一気に時間をかけずに詰めて冷凍します」。

 この「どぶろく仕込み」は、加熱せず冷凍貯蔵を施し、まさに造り立ての生のどぶろくを全国どこでも飲めるようにした商品だ。その他にも、より滑らかに濾した「ささにごり」や生詰め後に冷凍貯蔵した「生原酒」、瓶内二次発酵させた「泡にごり」など、新たな商品開発でにごり酒の可能性を広げ、楽しみ方を深めてきた。

 「にごり酒で世界制覇すること。これが今の目標です」と三輪氏。海外輸出は25年以上前から行っていたが、特にこの15年ほどは戦略的に力を入れてきた。現在はアメリカをはじめ20カ国以上へ「うすにごり酒」を中心に輸出。今や「NIGORI」としての認知も高まってきているという。

 「世界的に見ても濁っているお酒というのは珍しいですよね。それに、にごり酒には “食感”がある。その面白さを広く世界に伝えていきたいんです」。

 三輪氏は婿として三輪家に入るまで繊維業界の企業で働き、そのうち2年間はヨーロッパで暮らしていた。その当時、忘れられない出来事があったという。それは、ドイツ人ならビール、フランス人ならワインなど、どの国の人も自国の文化であるアルコールに誇りをも持っているが、「日本はSAKEだろう?」と日本酒について聞かれた時に、何も答えられなかったことだ。「悔しくて、恥ずかしかったんです」と三輪氏は当時を振り返る。「彼らは自国の文化に誇りを持っていてカッコよかった。私もそれから日本人としての矜持というものを考えるようになりました」。

 だから帰国後、縁あって日本酒に関わる仕事に就けたことはとても嬉しかったという。「日本酒には伝統と文化があります。他国の人のように、国酒である日本酒を日本人の矜持にしたい。そのためにもお客様に喜んでいただけるお酒を造ろうと頑張っています」。

 営業も担っている三輪氏は、にごり酒を日本が誇るべき文化として、胸を張って世界へ発信している。輸出量を増やすというよりも、できるだけ広く世界に伝え、世界中でNIGORIを飲めるようにすること、それが三輪氏の思い描く“世界制覇”だ。そして、これが日本人として、また酒蔵を継ぐ者としての矜持だ。

▲この細かいメッシュを通るような、しっかりと米を溶かした醪を造る。これが長年培ってきた独自の技法だ。

▲「どぶろく仕込み」は濾していないので機械では瓶詰めできない。4、5人がかりで発酵が進む前に急いで瓶詰めし冷凍する。手間はかかるが、本来の「どぶろく」に最も近い商品として大事にしている。

掲載日: 2017.07.20

掲載冊子: 第14号 地元へ想いを繋ぐ

株式会社三輪酒造

株式会社三輪酒造

代表取締役社長(八代目蔵元)

三輪 研二

1972年生まれ。早稲田大学理工学部、同大学院理工学研究科を卒業後、愛知県の繊維業界の企業に就職し、6年間勤める。その間に2年間ヨーロッパで海外研修を受け、帰国後は生産管理を任される。2003年に結婚すると同時に三輪酒造へ入社。専務を経て、2013年7月に代表取締役社長に就任。上質な酒を効率的に造ることを目指し、コスト対策や製造計画にも関与しながら、営業としても世界中を飛び回る。趣味は海外旅行でドイツ語、英語、スペイン語と語学も堪能。また、岐阜県酒造青年醸友会会長として「岐阜県の酒」の認知度を上げるため尽力している。

取材・文 山王 かおり

大阪府出身・在住。大学を卒業後、フリーライターとして、雑誌、新聞、社内報、WEBサイト、行政刊行物など様々な媒体で延べ3500人以上を取材・執筆。目指すのは、客観的かつドラマティックに“人”を言葉で描くこと。20歳から日本酒を愛飲し、2009年にSSI認定唎酒師を取得。趣味は、酒のアテ作り、ハシゴ酒、全国キャンプ旅。

写真 福永浩二

三重県伊賀市出身。高校卒業後、大阪のスタジオ2社に弟子入り。 その後、リクルートフォトプランニングに在籍。 独立後、PHOTO BANDITS設立(http://photo-bandits.com) 広告写真を軸にHP、雑誌、ネット媒体を撮影。 最近では、DJI Air2Sでドローン空撮や動画も撮影

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