酒蔵萬流 > 未分類 > 山間の酒蔵が放つインパクト、ユニークな発想と遊び心が個性を創る

新潟酒のイメージを覆す味わいへのこだわり

 新潟酒らしからぬ味わいについても独自の工夫がある。そのひとつが製麴だ。ちょうど出麹したばかりのものを、「味がしっかりしていると思いませんか?」と促されて口に含むと、確かに甘い。「うちは麹が濃いんです。それがのちのち酒の味にも効いてくる」と武田氏。まず洗米後の浸漬で、麹米にする米にはよく水を含ませそして乾燥させる。蒸し上がったらエアシューターで麹室へ送るが、この時米は冷めすぎないように温風機を当て、36℃〜37℃の温かいまま引き込む。その後はいったん布でくるみ、温度と硬さを見ながら種切り。先に味見させてもらった麹の状態から種麹を多めに使用しているのかと思われたが、むしろ少ない方だという。

 「そのほうが一株に与えられる水分量が増えて菌糸が良く根付くのではという想定のもと、水分量と温度管理には気を配って突き破精に仕上げています」。

 また、火入れは基本的に蛇管式だが、特定名称酒は半切り桶などを利用しながら、蔵人自ら手作業で瓶火入れを行う。その後は冷蔵庫で瓶貯蔵。なかには豪雪地帯ならではの雪室で管理する酒もある。「出来上がって飲んでみて、若いかな、固いかなと思ったものは寝かせます。劣化を防ぐと言うよりも、お酒の良さを引き出すための貯蔵をイメージしています」と醸造責任者の岩崎氏は語る。

 製麴に限らず酒造りの工程は、武田氏が携わるようになりそれまでと一新し、現在まで引き継がれている。ごまかしのきかない一発勝負のような「山間」を造り続けられるのも、取り入れたノウハウが的確なものだったことの証だろう。たとえ最新の設備がなくともユニークな発想と遊び心で、人々に支持される酒を造ることができる。ここでもまた、群雄割拠の日本酒業界を生き抜く武田氏の戦い方を見た。

▲上槽は薮田式自動醪搾機A型を使用。初めは圧力はかけず醪の勢いにまかせておき、醪がすべて送られたら1.5キロほど静かにかける。「山間」はこの時点で瓶詰めも行う。

▲2015年より醸造責任者を務める岩崎豊氏。「香りより、味わいを重視したインパクトのある酒を目指し、真面目な造りを心がけています」と話す。

念願の米作りで棚田から夢を描く

 そんな武田氏は2020年に、地元・浦川原地区で味噌や漬物などの食品製造を行っていた「浦川原農産物加工組合」の経営を引き受け、代表社員に就任した。それに伴い、後継者のいない田んぼを借り受け、米作りにも進出。現在地区内に8町歩を有し、五百万石や越淡麗を栽培している。そのほとんどが山間の棚田だが、作業効率のよくない分、生活排水の流入しないクリーンな環境で米作りができるメリットがあるという。「農業にはずっと興味があった」と話す武田氏。念願の米作りにどのような想いで臨んでいるのだろうか。

 「もともと酒蔵の蔵人には農業と兼業している人も多い。彼らと話すと、つくづく農業あっての酒造りなんだなと感じます。そんななかで後継者不足は大きな課題。少しでも自分たちの手で守っていけたら」。

その後、実際に棚田を案内してもらった。はるか下に集落を望む高台の斜面に、水田が並ぶ。現在、海外との取引にも力を入れていることからバイヤーを案内することも多いと言うが、ワインで言うところのドメーヌに理解がある分、この景色を見てもらうと良い反応が返ってくるという。武田氏はここにも手応えを感じている。今後の目標を教えてくれた。

 「商品では毎年新しいものにも挑戦しながら、それにあった売り方を模索していきたいですね。同時に米作りにもさらに力を入れていきます」。

 独自のアイデアと実行力で業界にインパクトを与えてきた新潟第一酒造。次はこの棚田からどのような夢を描いて行くのだろうか。

▲製麴は引き込み用と盛り用の2部屋に分かれた麹室で作業。かつては蓋を使っていたというが、天幕式で同程度の力価を出せるようになってから、天幕に統一した。

▲米作りは「浦川原農産物加工組合」の農産部が請け負い、この日は雪が降る前の代掻き作業が行われていた。豪雪地帯の上越市では、田に水を張ったまま冬を越したほうが、土が固まらず春の作業が楽になるのだそう。

掲載日: 2024.01.22

掲載冊子: 第39号 新時代を見据え

新潟第一酒造株式会社

新潟第一酒造株式会社

代表取締役社長

武田 良則

1970年生まれ。都内の大学を卒業後、父が社長を務める新潟第一酒造に営業担当として入社。自社の酒造りを見直すべく、酒類総合研究所での研修を経て、1999年に醸造責任者となる。2006年には蔵人制を廃止し、年間雇用の社員のみでの酒造りに切り替えた。その後、2008年に代表取締役社長に就任。2015年には醸造責任者を引退するも、昨年は三千櫻酒造とのコラボ商品「みちやんま」を責任醸造するなど、新たな企画にも精力的に取り組んでいる。

取材・文 sakagurabanryu

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