亡き父の想いに支えられながら福井の「越山若水」を表現する
東日本大震災を機に入社
無我夢中で確立した「常山」の味わい
福井駅から徒歩10分の住宅街にある常山酒造で、私たちを出迎えてくれたのは2022年10月に社長に就任したばかりの常山晋平氏だった。同蔵は福井市内に10ある酒蔵の中で最も古い歴史を持っており、大正期には県内屈指の生産量を誇ったが、1945年の福井大空襲で酒蔵のほとんどを焼失。再建から3年後に起きた福井地震によって建物は全壊したが、曽祖父は不屈の精神でまた再建した。やがて早くに亡くなった祖父から、若くして酒蔵を継いだ父・英朗氏は、創業当時の代表銘柄「羽二重正宗」を改め、銘酒としてその名が轟くようにという想いを込め、蔵元自身の名をそのまま銘とした「常山」を誕生させた。地元を愛し地元に愛され、農業にも注力していた2004年に志半ばで病に倒れ、48歳という若さで帰らぬ人となった。長男の常山氏がまだ19歳だったこともあり、その後は妻である由起子氏が未経験ながらも家事と介護とを両立しながら蔵を切り盛りし、日本酒低迷の時代を乗り越えてきた。常山氏は大学卒業後、大関株式会社(兵庫県西宮市)で営業職に就いた。「いつかは継ぐのだろうと漠然とした見通しは持っていたものの、決断できずにいた」と言うが、大規模の大関と比較することで実家の「クラフト感あふれる酒」の役割と良さにも気付くことができ、次第に惹かれていった。そんな矢先の2011年3月、東日本大震災が発生。渋谷で商談中に被災した常山氏は、災害によって世の中が一変する様を目の当たりにして、「地元へ帰ろう」「自分の蔵でできるだけのことをやりたい」と決心。同年27歳で入社した。「田中六十五」「廣戸川」「天明」など、全国で活躍する同い年の蔵元杜氏の姿にも触発され、奮起した。
前任の栗山杜氏のもとで2年間学び、酒類総合研究所(東京都北区滝野川)でも研修した。栗山杜氏が定年で引退すると、30歳で製造責任者に就任。それからは頼る人もおらず、戸惑いの連続だった。窮地を救ってくれたのは、父の代から親交があった大信州酒造(長野県松本市)元専務取締役・田中勝巳氏だった。弟のよう気にかけてくれて、杜氏1年目は毎日のように電話で相談し、なんとか酒に仕上げた。皆造後には大信州酒造に赴き現場で研修させてもらい、知識と経験を積んだ。その甲斐あって、3年目に新酒鑑評会で金賞を受賞した。常山氏は「石の上にも三年。様々な方の支えがあって、ようやく一つの形になった瞬間」と振り返った。
就業時間、道具、体制…「当たり前」を疑い磨き続ける
現在、常山氏と5名の蔵人で9月から4月末までの間に500石を製造している。仕込み量は1,000㎘を主流に、700㎘仕込みも。原料はすべて福井県産米で、五百万石、山田錦、美山錦、さかほまれを使用している。使用酵母は2種類のみ。仕込みパターンをなるべくシンプルに設計している。不慣れな自身のために始めたが、現在では蔵人が交代制で全ての持ち場を担当しながらでも酒造技術を練磨できる体制に貢献している。
2017年におこなった醸造所の大規模改修では、「酒造は長丁場だから、軽作業でも繰り返せば疲労が蓄積する。負荷を軽減して専念すべき部分に力を注ぐべき」という思いを反映させ、床を張り替えて平らにし、全面フォークリフトでの行き来を可能にした。蒸米を2階に上げる際には、エレベーター式ボックスに入れて運べるよう改善。作業のムラを減らすためMJP洗米機のシャワー部分を6点に増やし、さらに必ず同じ位置にざるが来るよう固定できる洗米機下の台車も特注した。甑に送る蒸気についても、以前は「このあたりまでバルブを開放する」と感覚だけが頼りだったが、メーターを取り付け、蒸気量を数値で計測できるようにした。道具や機械はすべて自社仕様にカスタマイズして使用している。常山氏は道具を最大限活用し、データを集約しながらも、徹底して手作り・手作業にこだわる。蔵人たちには、日々変化する醪を舐めるなど、流れ作業ではなく五感に落とし込みながら酒造に当たることを望み、「データは答え合わせとして使ってほしい」と伝えている。
2018年には就業時間も見直した。前任杜氏の頃は5時半に出社して蒸米の間に朝食をとっていたが、作業を集約して7時半から17時の勤務へと短縮した。「慣習が多い業界だが“当たり前”を疑い、心身共に折れない酒造を叶えたい」と、常山氏は話す。さらに「蔵に入り十余年。休みなく酒造にまい進してきたが、まず自身の生活から見直した。今後は経営に時間を割き、若い蔵人を採用・育成していく必要がある。蔵人にもプライベートを大切にしながら、全力で仕事に打ち込んでもらいたいと思う」と、企業が次のステージへと歩を進めた様子を語ってくれた。ただ良い酒を造るだけでなく、福井の人々と暮らしを共にし、持続可能な酒造をしていこうという覚悟がそこにあった。
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