酒蔵萬流 > 未分類 > 亡き父の想いに支えられながら福井の「越山若水」を表現する

緑豊かな山と清らかな海
「越山若水」を表現する酒

 2020年、常山氏は停滞する酒類業界のなかで「蔵がこの地にある意味は」「何のために酒造をするのか」と自社の存在意義について再考した。そして長きに渡る歴史を次世代に紡ぐため、「和を醸す」を蔵の大義として掲げ、「越山若水を表現する酒をつくる」と定めた。
 「越山若水」とは、「越前」の緑豊かな山々と、「若狭」の清らかな水から成る福井県の風土をまるごと表現した言葉。蔵の持ち味である“食との調和”を大切にしたキレのある辛口をベースに、海のようなしなやかさをイメージした酒と山のようなふくらみを大切にした酒を造ることにしたのだ。「海をイメージした酒」は、「常山」の定番の型となる酢酸イソアミル系のFK5酵母を使用した辛口をさらに透明感ある味わいへと進化させた酒だ。総生産量の7割を占めている。一方「山をイメージした酒」は、りんご様の爽やかな香りがする自社酵母J9を使用し、比較的ふくよかで味わい豊かな酒と定義づけた。J9は亡き父が残してくれた中から自身の造りに最も適していると判断した酵母で、福井県のFK5酵母とブレンドして使用している。
 「和を醸す」は「和醸良酒」の意だけでなく、自社と福井の自然や伝統との調和、自社と酒販店や飲食店等との友和を意味している。常山氏が入社後、真っ先に取り組んだのは流通の見直しだった。門外漢だった母の代で無秩序になった流通先を見直し、想いを共にして末永く付き合っていける酒販店だけに絞り込んだ。常山氏はその当時を「器用な性格じゃないので、一旦製造数量を減らしてまで熟考して整理した。おかげで現在の安定した販売基盤ができた」と、振り返る。したがって取引先にはひときわ強い思い入れがあり、新酒の時期には地元の特約酒販店と飲食店を蔵に招いてお披露目会をおこなっている。方針や心の内を共有することで、造り手の想いも一緒に消費者へと届けてくれることを望んでいるのだ。「地元に愛されないと地酒じゃない。福井の自然と寄り添い、酒に関わる人たちみんなが笑顔になる酒造りをしたい」と、常山氏は強い語調で語った。

▲仕込蔵2階部分はイベントスペース。海外のワイナリーを訪れた際、世界観を表現する案内動線に感銘を受け参考にした。毎年11月には特約酒販店や飲食店を招き、お披露目会をする。代表就任発表会もここでおこなった。

▲掛米、麹米ともに全量をMJP洗米機で10kgずつ洗い、限定吸水している。品質が一定になるようの6点シャワーに改良し、ざるを置く位置が定まるよう台車も特注した。使う力も軽減されて、蔵人の身体にも優しい。

九代目へと渡ったバトン
常山の“攻めの歴史”がはじまる

 父は福井県青醸会のリーダーを担うほど福井全体の発展を願い、酒造に情熱を傾ける人物だった。かつて父は、同蔵から車で30分の場所に位置する自然豊かな美山地区の農家を口説き、特別栽培を開始。2002年には協同して「越前みやま地酒の会」を立ち上げた。美山地区の米だけを使い町興しの酒を造り、会員を蔵に招いてイベントを行い、その年にできた酒を共に祝うという参加型・循環型の企画だ。それから20年間、会は途絶えることなく続けられてきた。近年常山氏は農家に要望し美山錦以外にも五百万石、山田錦という3品種を育ててもらっている。「様々なリスクを抱えながらも農家から協力が得られるのは、父の代から続く長年の信頼があるから。みんなに助けられ、僕はすごく恵まれている」と言う常山氏は、農家の頑張りと期待に応えるかのように「Kura Master 2017」純米大吟醸部門でプラチナ賞、2020年の美山錦部門でもプラチナ賞を受賞した。
 さらなる挑戦として2022年からは、契約栽培米に鶏糞や落ち葉といった有機肥料を使うよう試みた。地域の農家が作った米を餌として食べている鶏の糞を使うため、肥料の輸送や人工的で過度な負荷をかけることなく、同地域で循環できる“地球にやさしい”酒米づくりを可能にした。常山氏は、「自然のサイクルを利用し、よりナチュラルな福井の土地そのものを酒に表現したい」と語り、目を輝かせた。
 2022年10月1日、先代である母の誕生日でもある日本酒の日に、晴れて常山氏は社長に就任した。酒質を再定義した節目にラベルも刷新すべく、様々な新しいロゴを検討していた。しかし「改めてこの書が一番しっくりきた」と、父が使用していた福井の書道家・吉川壽一氏の書へと原点回帰し、継承した。偶然にも父が「常山」を誕生させてから25周年に当たる年だった。「親父と仕事の話をしたことは一度もない」はずなのに、自身の想いを追求する先で、まるで並走しているかのように、たびたび父の面影に出会う。2024年には創業220周年を迎える。また北陸新幹線の福井駅も開通予定だ。先祖の手から父へ、そして母が護り抜いてくれたバトンを今、九代目の常山氏がしっかりと受け取った。「これからは攻めに転じていく」――何度も繰り返す言葉が心に残った。

▲10~12kg盛り麹箱を、4BYから日東工業所の8kg盛り箱に変更した。温度が安定し、より緻密に乾湿が取れるようになり、出麹した際のさばけ感が素晴らしいという。

▲麹室が1部屋のため、カーテンで仕切り使い分けしている。前杜氏時代はMAX120kgの米を引き込むこともあったが、乾湿がとれないため廃止。現在は高性能除湿器も導入し、毎日MAX65kgを定量で引き込み、麹室内の環境を一定に保っている。

掲載日: 2023.07.21

掲載冊子: 第37号 揺るがぬ覚悟

常山酒造合資会社

常山酒造合資会社

代表社員(九代目蔵元)

常山 晋平

1985年生まれ。関西学院大学経済学部卒業後、大関株式会社に勤務。東京営業所にて4年間営業職に従事し、2011年に常山酒造入社。2014年に製造責任者に就任。暗中模索の中、必死の思いで醸造方法を確立。2017年には製造所を大幅にリノベーション。翌年には全国新酒鑑評会で金賞受賞した。2022年に代表就任。自身の性格を「凝り性で職人気質。歴史あるものが好き」と語る。福井の風土を感じさせる「常山」だから叶えられる酒造りを追求している。

取材・文 関 友美

日本酒ライター/きき酒師/インフルエンサー/蔵人/シードルマスター  OL、日本酒BARや小料理屋の女将を経て、ライターに転身。現在は酒蔵業務と日本酒ライターという、2つの仕事を掛け持ちしながら「日本酒のなんでも屋」として全国各地を巡り、酒蔵や日本酒の情報と地域文化の魅力を発信している。趣味は城・城跡めぐり。

写真 清水 健夫

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