酒蔵萬流 > 未分類 > 父子で築く北河内の酒造り市場変化に寄り添い未来を拓く

家業継承という選択を「正解」にするために

真寛氏は大阪電気通信大学で映像やC Gを学び卒業後写真関係の会社でデザインに触れる部署で働いていたが、最終的には営業職に就いていた。サラリーマンとして12年間勤め続けてきた真寛氏は、「社長として会社を継ぐ」という未来図に、漠然とした重たさを感じ、父から「戻ってきて欲しい」と再三伝えられても、なかなかそこに対する前向きな決断ができずにいた。
決意を固めたきっかけは、全世界13カ所で展開するメガネ専門店、「オンデーズ」代表取締役社長の田中修司氏の言葉に出会ったことだった。人生において道を選択した後にどれだけ努力して結果を出すかが重要であり、その「選択を正解にする」ために全力で取り組むことこそが人生の本質、という言葉に、「気持ちがとても楽になりました」と真寛氏はいう。この言葉を胸に2019年11月、酒蔵に戻った。
そのわずか2ヶ月後、コロナ禍が世界を襲った。真寛氏は前職での営業職の経験を活かし、在庫ロスを減らしながら販売促進活動に努めた結果、売り上げはこの逆境でも6%しか減少しなかった。さらに、クラウドファンディングなどのデジタルツールを活用し、こちらでも順調な売り上げを達成した。
さらに、真寛氏は日本酒業界での自社の立ち位置を再確認するため、他社の日本酒を積極的に試飲した。「蔵に戻るまでは、日本酒を美味しいと思えていなかった」と告白するが、優れた日本酒に多数出会い、その魅力に気づいた。その上で、ラベルデザインやブランド戦略にも注力した新しいラインの商品を開発するなど、革新を図った。その一つが、2022年に一部特約店限定のチャレンジ商品として発売した「片野桜 純米吟醸原酒 THEORY 01」だ。雄町を使用し、アルコール度数15度の火入れ原酒は、これまでの無濾過生原酒とは一線を画するものだ。アルコール度数をワインに近づける低アルコール度数の流れに乗るだけではなく、片野桜の持ち味である濃醇さと甘味、旨みを保ちながらフレッシュさもある現代のトレンドに対応した商品として構想されたこのシリーズは好評を博し、あっという間に売り切れてしまった。これも、真寛氏の「選択を正解にしていく」努力の顕れといえよう。

▲2018年、大阪府北部地震に引き続き、台風21号の被害で作業場が半壊。2019年に屋根を葺き替え、鉄骨を入れ、高さを確保した新施設に天井クレーンを導入。これにより、蒸米を効率的に吊り上げることが可能となった。

▲久幸氏が全幅の信頼を置く現杜氏の濱田佳秀氏は現在4年目。前杜氏の浅沼氏のもとで22年間鍛えられた。大阪外大でフランス語を学び、海外留学を経て日本文化への関心を深めた末に酒造りの道へ進んだ異色の経歴を持つ。

▲オンキヨー株式会社と提携した「音楽振動熟成加振酒」。音楽を聴かせるというより、音楽の振動をダイレクトにもろみに与え、酒の熟成に影響を与える手法。聴かせているのはモーツァルトだ。

父子で描く片野桜の未来と挑戦

真寛氏が蔵に戻る決意を告げた際、久幸氏は「やっと戻ってくれるんやな」と心強く感じた。その上で、「闇雲に大量生産を目指すのではなく、飲み手の顔が見える酒を醸し続けて欲しい」と願う。
その思いは真寛氏にも共有されているが、「大阪の地酒」としてさらに全国的な認知を得るために、定番商品の強化とともにブランドイメージを統一することを目標としている。特にこれまで統一されていなかったラベルの文字表記やレタリングを使い分け、いずれ高級感のあり海外での評価が高い漢字で髭文字レタリングの「片野桜」をより高付加価値の商品に使用するなどして、消費者にとってわかりやすいブランドを展開して付加価値を高めることを考えている。
父と息子に共通するのは、酒造りに対する深い情熱と、「片野桜らしさ」を育てていく使命感だ。「『大阪といえば片野桜がある』『せっかく大阪に来たし片野桜を買いたい』と思ってもらえる存在になりたい」という真寛氏の言葉に、久幸氏も強く頷いた。世代を超えたこの二人の協力によって、片野桜は大阪を代表する銘柄としてさらに広く知られる存在となるだろう。

▲蒸した米は青いザルに入れて運び、蔵内で露地放冷。このほうが放冷機を使用するよりも衛生が保てる。秋口と春先は気温が高いので、掛米として使う時は氷とチラー冷却水で温度調節する。

▲真夏の純米燗酒の会「関西末広会・燗酒劇場」のために愛山の生酛の酒母を仕込む。この日は添返しだった。長年山廃を得意としてきたが、生酛も5年前から始め、好評を得ている。

▲「THEORY (セオリー)」は前職がデザイナーであった真寛氏がラベルのデザインも手がける。「今後はひらがな表記と漢字表記、髭文字使用など、統一感を持ったデザインを導入していきたい」と真寛氏は今後の展望を語る。

掲載日: 2024.10.20

掲載冊子: 第42号 巡り合い 新境地へ

山野酒造株式会社

山野酒造株式会社

代表取締役社長 五代目蔵元

山野 久幸

1955年生まれ。1977年、同志社大学商学部卒業直後、山野酒造へ入社。その後、東京滝野川の醸造試験場で研修し、滋賀県の酒問屋に勤務。1980年、25歳で再度山野酒造に戻る。2000年から南部杜氏の流れを汲む浅沼政司氏を杜氏に迎え、山廃酛の酒や無濾過生原酒で定評を得る。2011年から大阪府酒造組合会長として、大阪の酒を盛り上げる立役者としても活動する。

取材・文 山口 吾往子

京都在住の山口吾往子(あゆこ)と申します。日本酒が好きすぎて、数々の自己研鑽(という美名のもとでの鯨飲)を重ねております。ものを書くことに関して、「日本酒を造るひとびとの姿」を鮮やかに描き出す諸先輩方には及ぶべくもありませんが、顰に倣い精進いたします。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

写真 福永浩二

三重県伊賀市出身。高校卒業後、大阪のスタジオ2社に弟子入り。 その後、リクルートフォトプランニングに在籍。 独立後、PHOTO BANDITS設立(http://photo-bandits.com) 広告写真を軸にHP、雑誌、ネット媒体を撮影。 最近では、DJI Air2Sでドローン空撮や動画も撮影

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